終春





 免疫を持たない“コイツ”の体。異星の病に倒れ床に伏す。
日々、病を看るが、“コイツ”の体は崩れいくばかり。
彼岸此岸の中彷徨い歩く“コイツ”の姿。…ただ、“俺”は見てることだけ。



 空が、葬闇に移る頃の、蟲声ざわめきはじめる夕闇空の刻。
珍しく体調が比較的良いこの日。
『外に連れてってくれねえか…アルベル』
 という“コイツ”の願い聞き入れる。
いつものように“俺”は“コイツ”の肩を預かる。

「すまねえ…な」

「………」

 何を謝るのだろう。その必要など…ありはしないのに。
ひさし触れた肩、今ではか細く。最後に抱いたのは去年の夏。





 二人言葉無く歩く大通り。
飴片手に母と家路につく幼き女子。その視線を無視し、ただ前を。
夕暮れのそよ風が、風鈴屋の品鳴らし、その音が、春の終わり告ぐ。

「いい音だ…なんつーか、こう…」

 無言だった“コイツ”が、その音に反応示し口開く。
けど、その続きは口に出されること無く、“俺”もまた聞き返さずに。
 その風鈴屋をのぞき、“コイツ”が終始眺めてたものを買う。
夏の花の模様を付けた…その風鈴。


 着いた先は小さな丘の上。
柿の木に“コイツ”はもたれ、夕空の向こうの鴉を見る。
その横顔は弱弱しく…今にも。

「もうじき夏か…」

 空を見たまま、“コイツ”は言う。

「ああ。・・・だが、ほんの短い間だ。すぐにまた冷える」

 “俺”は返すが、感想を伴わない事実言。
それが、“コイツ”と“俺”をつなぐ。

「夏といえば、かき氷だよな…」

「お前は食いもんのことしか頭にねえのか?」

「オレは、あの赤いのが好きだな…」

 “俺”の言葉をまるで聞いてないように“コイツ”は続ける。
“コイツ”の体に止まった羽根蟲がいる。
けど、それを自分でのけようとはせず。…出来ないのだろう。…もうそれも。
だから、“俺”がのけてやる。

「それくらい用意してやる」

 それくらいで満足するのであればいくらでも。
病伏す人に、よくないと分かっていても。それでも・・・。

「ああ。たのむぜ。…こんくらい…大盛りでな…」

 “コイツ”は腕を広げ表す。…その腕は震えていた。

「もう…帰るぞ」

 もう、これ以上。空の下で“コイツ”を見てはいられなくて。
再び、“コイツ”の肩預かる。
衣服についた土や木屑を軽く払いて、歩き出す。

「オレは…怖いんだ…アルベル」

 そう、ささやく声が聞こえた。
初めて“コイツ”漏らした、弱音。










 その夜、交わり合いを求めた。
それが“コイツ”をさらに早く連れ去っていくことなど理解している。
それでも“俺”は、先行く者にしがみつくように。…子供のように。
悲痛の声が、風鈴の音に混ざる。

「俺も怖いんだ…クリフ」

 怖いものが一つ二つ増えいくのは、“俺”も同じ。
葬闇の空が透き通り、畳は音立てる。
明日…、は、もう…。


















 夏。
“俺”が“アイツ”と望んだ夏は、来なかった。
何度目なのだろう……、“俺”を置いていったのは。

 “俺”の耳につけた“アイツ”の耳飾が、隙間風に触れる。
「クリフ…」
名を呼ぶ。けれど、少し広くなったこの部屋に、
風鈴の音が通り抜けるだけ。