小春日和





 大きく開いた窓から、午後の穏やかな日の光が差し込む。
緑豊かな地に吹く音の無い風が肌に触れ、眠りへと誘おうとする。
 二人が、共に歩く未来を約束してから、どれくらいの月日が流れたの
だろうか。その約束は今だ果たされることは無く、移りいく季節の中の
ほんの僅かな時間だけ、同じ時を刻むことが許されていた。


「んでよー、連邦のお偉いさんときたらな………」

 香り高い湯気を立てるティーカップを持つクリフがひたすら口を開ける。
最近自分がこなした仕事の内容と、それに対しての愚痴のようなものを
言う。

「………それは、あんたが成長してないだけじゃないのかい?」

 クリフの前に座る、肩の辺りまで髪の伸びたネルが適当なところで言を
さす。昔は理解することの出来なかったクリフが口にする用語の大半は、
今ではもう理解することが出来るようになっていた。

 余計なものがほとんど無い質素な部屋で二人過ごす時間。特にこれと
いった事件ではないが、例えようの無いくらい二人にとっては大切な時間
だった。
 二人の間にある見えない壁は大分薄くなっていた。壊そうと思えば、い
つでも壊せるくらいに。

 会話が途切れしばらくしてから、クリフは窓の方へと歩み寄った。ネル
に背を向けて、外の世界に広がる緑を眺め、窓から入る日の光と春風を
その身に受ける。
 その生きた風がとても心地よい。長い間、星の船や先進惑星の人口酸
素で呼吸を行っていたため、人の手が加わっていないこの星の空気が温
かく身に溶けていく。

「いい風だな。ここに居っと生き返る気分だぜ。」

 窓の外に在る世界を眺めていたクリフがそう言って、再びネルの方を見
る。少しだけ細くなったクリフのその顔が、疲れの色を隠しきれず、その色
を僅かに映し出している。

「クリフ。」

 椅子に座って片手をテーブルに置いたままのネルが、窓辺に立つクリフ
に声をかける。

「どうした?」

「あんた、無理をしてるんじゃないのかい?」

「別に無理なんかしてねえよ。少し疲れてるだけだ。」

 クリフはそう言って、誤魔化すようにネルに笑顔を見せた。けど、ネルに
とって無理に作ったその笑顔が、心に突き刺さり痛い。

「あんたねえ、それを無理してるっていうんじゃないのかい。」

 椅子から腰を上げ、クリフの前まで歩み寄り、腕を組む。それから、そこ
にたたずむクリフを、真実を求めるようにじっと見つめた。

「クリフ。あんたに無理するなと言っても無駄だろうから言わないけどさ…。
けど、ここに来たときはあたしがいるんだからさ………」

 ネルはクリフを見つめたまま言う。けれど、それ以上の言葉は出なかっ
た。言葉が見つからなかったのか、言うのが恥ずかしかったのか。

「お前に甘えていいってか?」

 クリフがそれを勝手に代弁する。

「バ、バカ。誰もそんなこと」

「それじゃ、遠慮なく。」

 必死になって照れを隠そうとするネルの肩に腕を回し、クリフは彼女の
胸に倒れこむように顔を埋めた。

「………殴るよ。」

 ネルがそう言って、”コツン”とクリフの頭部を軽く叩いた。それでも、クリ
フは離れていくことは無く、ネルも仕方ないとでもいうように、無理に離すこ
とは無かった。

「へへへ。冗談だ。」

 と、クリフは胸に顔を埋めたまま笑う。冗談といいながらも、クリフはネル
の胸からは離れていこうとはしなかった。それから、一つ間を置いて…

「……実は、てこずっている勢力がひとつあってな………」

 呟くようにクリフが小さく低い声で言った。それを言ったクリフの表情は隠
れてネルには見えなかったが、彼がどういう表情をしているのかは、容易に
想像がついた。

「クリフ………」

 いつも地震に溢れた不敵な笑いを見せるクリフが、滅多に表さない”弱さ”
を表せた。
 ネルはずっと以前からクリフの支えになりたいと思っていた。クリフの現在
の仕事の内容は知っている。星の世界に存在するさまざまな勢力を相手に
する精神的な戦い。ネルにはそれがどれだけ内面から自己を削っていくもの
なのかをよく知っている。だから、だからこそ、そんな彼を内面から支えてい
きたいとネルは思う。自分には直接彼の支えになれるような力も知識もまだ
持ち合わせていないから。
 なのに、自分は遠い星で彼を見つけることも、彼に話しかけることも、彼に
触れることも出来ない……、ただ、祈ることくらいしか。
 悔しかった。彼に何もしてやれない自分が。
 でも、今は、その彼が自分のすぐ前に居て、自分に触れている。そして、自
分に何かを求めようとして、こうして。

「……………」

 ネルは、自分の胸に顔を埋める小さな子供のようなクリフの大きな背中に
腕を回し、彼のその頭を優しく撫でた。
 この細い腕が、内側に傷を負ったクリフを癒せることが出来るのかわから
ない。せめて、少しでもその傷を癒すことが出来るのならと、慣れない手つ
きで精一杯クリフをその細い腕で慰める。






”本当のオレは……お前が思うほど強くなんかねえ……”

”知ってるさ……それくらい……だから…”





「……サンキュ…ネル…」

 クリフはそう言って、ネルの肩に腕をかけたまま顔を上げる。

「オレらしくねえよな…。あんましお前にゃこんなとこ見せたくなかったん
だけどよ。」

 ネルから視線をそらし、照れるようにクリフは言った。

「そうかい?あたしはあんたのそういうところを見てみたいと思っている
けどね。」

 今度は、ネルがクリフに対して笑ってみせた。

「おいおい、おめえも性格悪ぃなぁ。」

「それは、お互い様だろ。」

 フッ、とネルは鼻で笑い勝ち誇ったような顔になり、クリフは不貞腐れ
た様な顔になる。
 それから、暫くして一瞬の沈黙が訪れた後…

「髪……伸びたな……」

 クリフはそう言って、ネルの肩へ僅かにかかる髪を、指の間に絡ませ
弄んでみた。

「まあね……そろそろ切ろうかと思っていたところさ。」

「そうか……」

 クリフが最後にネルと会った時には、確か初めて彼女とであったときく
らいの髪の長さとそう変わらなかったはず。それが、今は以前との違い
も目で見ただけで分かってしまうくらいになって。
 どれだけ自分が彼女を放置しておいたのかがよくわかり、それが心に
棘をさす。

「すまねえな……ずっと、お前を待たせたままだよな…」

 クリフがネルの肩から腕を離し、彼女の手を取る。
 彼の中に二つの願望があった。
壊れた宇宙を事務的に作り変えることと、遠い異星のネルを手に入れる
こと。そして、その二つを同時に選んだ。
…けれど、その夢を同時に叶えることは難しく、今まで。

「別に……あんたなんか、待っちゃいないさ…」

 自分の瞳を見つめるクリフの視線からネルは目を逸らし、少し赤くなった
顔を横に向ける。それを見たクリフは彼女が隠した本心を軽く見抜いて、微
笑む。

「ネル…。どれくらいかかるかわかんねえけどよ、今やってる仕事が片付い
たら……」

 春風が窓から入り込み、凍えた地下牢で出会った二人を温かく優しく包み
込む。


「お前を奪いに来る。」


 クリフが発した声が、春風に溶けてネルの聴覚へ流れ込む。
そして、ネルの手を寄せ、その手の甲に唇を軽く落とした。

”……待ってるよ”

 そのときのネルの表情はクリフに見ることは出来なかったが、彼女が今ま
で表現したことの無い幸せ色をした笑顔。…春風に揺れる。

 来年、二人はこの星でこの小春日和を過ごすことは無い。








おしまい




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禁断症状が出て書きました。
某方に頂いた4000絵をイメージして書いたんだけど…微妙。
なんか、結構大事な場面を簡単に書いてしまったような…