黒光る涙跡






 目の前に映るのは、人の顔のようなシミが出来た天井。窓に映る寂びれた、
しょんぼいカルサアの村の景色はほとんど見ることはない。ベッドのサイドテ
ーブルには風邪薬、そして傷薬。からだには包帯が下手糞にぐるぐる巻きにし
てある。クリフは風邪をひいていた。







 時間をさかのぼること、きっと多分大体15時間くらい前。

「あ〜…、風がひでえなぁ。」

 宿屋の玄関から外に出てクリフが発した第一声。いつもこの村には、あたた
かいラーメンが恋しくなるような何気に寒い風が常に吹いているが、今日に限
ってその風はいつもよりも冷たかった。さらに強風だった。

「どうしたんだよ、クリフ?」

 クリフがぼへぇーっと外を眺めていたら、いつの間にかフェイトが隣に居て
クリフへと声をかける。

「ああ、風がひでえなと思ってな。」

「風邪がひどい!?」

 悪夢はその瞬間に始まりを告げた。

「なに大げさに驚いてんだよ?」

「風邪がひどいんだろ!?」

「ああ!風がひでえんだよ!」

 と、クリフが訳もわからずとりあえず大きな声で言い返してみる。

「じゃあ、おとなしく寝てろよ!!」

「おいおい待て待て。なんでおとなしく寝てねえといけねんだよ!?」

 と、クリフが言うと、フェイトは突然クリフの胸倉をつかんでついでに股間
にタッチして続ける。

「おまえはいつもいつもそうだ……、おまえは自分で大丈夫だとか言うけど、
こっちの身にもなってくれよな!どんなに僕たちがお前を心配しているか…」

「いや、まあ、心配してくれんのはありがてえが……、おまえ何を言ってんだ
かわかんねえよ!とりあえずオレは大丈夫だ!」

 クリフがそう言うとフェイトは掴んでいた胸倉から手を離した。そして、そろ
りと自分の腰元から愛用の鉄パイプを取り出し、クリフへの愛の攻撃態勢
へと入る。

「おまえに何を言っても聞かないだろうから、僕はおまえを力ずくででも休ま
せるからな!!」

「おいおまえ正気か!?」

「クリフごめん!」

 バキっ。ドカっ。クリフは抵抗することも許されずただ、フェイトに殴られ
るしかなかった。愛のパワーで一時的に強くなったフェイトはかなりすごく
強かった。

「何やってんだ?」

 フェイトがクリフを殴っていると、玄関からパジャマ姿で片手にウサちゃん
を抱え、あんぱんを頬張っているアルベルが姿を現した。
 アルベルに気づいたフェイトは一生懸命ジェスチャーで彼に今の状況を伝
えた。

「フン。そういうことか。だったら俺も加勢する。」

 バキバキドカドカ。二人で愛する彼を一生懸命殴った。殴って殴って愛撫し
て殴った。今日くらいゆっくり休んで早く風邪を治してまた一緒にすべり台遊
びやかくれんぼやおままごとをして彼と遊びたい。そう願った。
愛の力を体と心に宿した二人には、クリフといえども全然歯が立たなかった。




 殴り続けること、一時間。


「ふう。…やっとおとなしくしてくれたようだね。」

「ああ。強情なやつだ。風邪ならおとなしくしていればいいものを。」

 気絶してピヨピヨになったクリフを見下ろしながらフェイトとアルベルがあ
んぱんを食べながら言う。

「何をしているの?」

 外の騒がしさに気づいたのか、今度はマリアが玄関から姿を現した。

「ああマリア。いや、クリフが風邪ひいてたからさ。」

「え?クリフが風邪?」

 マリアがそう言うと、地面に倒れているクリフの元へと駆け寄り、ひざまず
き、ピヨピヨになったクリフにそっと触れた。

「…ひどい…クリフが倒れるほどすごい風邪だなんて……」

「ああ。…だいぶエッチポイントが下がってやがる。」

「エッチポイントって言わないで!」

 パシッ。バキッ。マリアがアルベルのアンパンを叩き落としてから彼のみぞ
おちにエルボーを喰らわせた。アルベルはやせ我慢をした。

「それにしても…、何故、クリフはこんなに怪我をしているの?」

 マリアはさっきから気になっていた疑問をフェイトに尋ねてみた。

「クリフは風邪が酷いって言うのに、それでもおとなしくしようとはしないん
だよ。それで僕たちが力ずくでクリフをおとなしくさせたんだ。」

「そう。ありがとう助かったわ。あなた達が止めてくれなかったらさすがにク
リフでも危ないところだったわ。…よかったわねクリフ…あなたもう少しで死
んでいたのかもしれないのよ……」

 と、マリアは言いながらクリフの頬を優しくなでた。一粒の涙がクリフへと
零れ落ちた。

「とりあえず。風邪の前にこの怪我を治しましょう。打撲やねんざには冷やす
のが一番だわ。」

 そんなわけでクリフのほぼ全身を冷やすことになった。しかし、一箇所一箇
所を氷で冷やしていたのでは間に合わないと思ったみんなは、クリフを水温2
℃の水風呂へと沈めた。

 みんなが給食のおばちゃんゴッコをしている間約9時間、ずっとクリフは意
識を失ったまま水風呂へと沈められていた。
 それから、5時間がしてクリフが目覚めると、全身に酷い怪我を負っており
酷い頭痛がしていた。クラウストロ的に致死的な高熱だった。


 この熱はみんなの愛より遥か低温。




つづく 後編へ→

戻る