LUNA・第八話
〜紳士AFTER紳士〜






 ヴィスコムに連れてこられたのは、薄暗い洒落たバーだった。
店内は紳士っぽい音楽が流れており、紳士のような木製の内装、テーブル
席には、何組かの紳士が座っている。
 クリフとしては、いかにも紳士が好みそうな店は苦手なつもりだったが、こ
の店は直感的になんとなく気に入ったような気がした。

 店内を見回した後、ヴィスコムは紳士的にさりげなくクリフを、紳士が座る
と絵になりそうな感じのカウンター席へと誘った。

「どうだね?私のお気に入りの店は。」

 と、ヴィスコムは座り、クリフに紳士な感じで言う。

「悪かねえな。」

 クリフはもう一度店の中を見渡し、背中のクマしゃんを外してからそう答える。
決して、居心地を悪そうにしていないクリフを見て、ヴィスコムは“気に入ってく
れて何よりだよ”と、紳士風に言った。

「今日は何にいたしますか提督。」

 クリフとヴィスコムがカウンターを向くと同時に、そこに居た何気に美形な
バーテンがヴィスコムに声をかける。やはり、このバーテンは紳士を相手に
しているせいか、グラスを手に持ってフキフキしている。

「では、いつもどおり“Le・justice gentleman”をいただこうか。彼には発泡酒
を。」

 ヴィスコムは紳士が好みそうな名のワインと安酒を紳士っぽくバーテンへ
と頼んだ。クリフは“せめてビールにしてくれ”と、ツッコミたかったが、相手
は紳士なだけにそれは出来なかった。

「しかし、キミは本当にあのクリフ君なのかね?キミがこっちの世界に来て
いるとはいまだ信じられんな。」

「そりゃあ、オレだってあんま信じたかねえが、実際ここに居るのはオレだ。
間違えなくクリフ・フィッターだぜ。」

「フム。…やはりそうなのか。しかし、どうせなら私の手でキミをここに連れ
て来たかったものだ。」

「おいおい。これ以上偉くなってどうすんだよ。」

 クリフが少し苦笑いを浮べながらヴィスコムそう返した。ヴィスコムは“な
に冗談だよ”と、紳士な笑いを一つして、紳士ジョークだったことを言う。
 けど実際、クリフの首にはどれだけの価値があるかを、この業界の人間
ならば誰もが知っている。

 バーテンが、高貴で紳士のような香りを立たせる紳士色のワインを“お
待たせいたしました”と言ってヴィスコムの前に置き、大ジョッキに注がれ
た発泡酒を“お待たせしました愛してるよ”と言ってクリフの前に置いた。

 ヴィスコムは紳士らしく、そのワインの上品な紳士的香りと、380円の
ワインとはまるで違う紳士的色感をまったりさせるような色を楽しんでか
ら、グラスに口をつけ紳士にしか味わうことの許されない絶品ともいえる
その味を紳士舌で味わった。

 クリフはそんな紳士なヴィスコムとはほど遠く、ジョッキを掴んでごくごく
と発泡酒を喉へ流し込んだ。

「ほう。地獄の酒もなかなかのモノじゃねえか。」

「……キミも随分と変わったものだな。」

「あ?そうか?オレは別に変わったつもりはねえんだがな。」

 クリフは自分を紳士的に見つめるヴィスコムを少し気味悪そうに見返
して、そう言った。

「私が知っている今よりもまだ若い頃のキミは…、そうだな。まるで凍り
ついた太陽のようだった。」

「は?何だそりゃ?」

 クリフはヴィスコムに意味不明という表情をして言う。そして、ヴィス
コムは紳士にワインを楽しんで、何処か遠くを見るような表情で、何処
かを見て言う。

「あのころのキミは、太陽のような笑顔をしながらも、その心の中は、
ペンギンさえ生きてはいけない位に凍りついていたということだよ。私
には分かったさ。だが、前にキミと数年ぶりに会ったときは…太陽その
ものに思えた。」

 それから、ヴィスコムはもう一度グラスに紳士チックに口をつけてから
再びクリフの方へと向きなおった。

「そういうもんは、自分が一番よくわかんねえもんだろ。変わったのは、
昔と今の立場と仲間だけだ。……もしくは、演技が上手くなったのかも
な。」

 そう言って、クリフは残り全ての発泡酒を飲み干した。

「フッ。やはりキミはここに来ているのは惜しい。キミに教えよう。」

「何をだ?」

「ここに行ってみたまえ。」

 そう言ってヴィスコムは、紳士な手つきで胸ポケットから、一枚の折
りたたんだ紙を取り出し、それをクリフに手渡す。

「これは?」

「そこにはこの地獄を管理している者が居る。それは、そこまでの地
図だ。」

「そこへ行ってオレにどうしろと?」

「なに…。もしかすると、もう一度あの世界に戻ることが出来るかもし
れないだろう。もちろん、保障は無いが。」

「何故…、オレに?」

「キミはまだあの世界でやるべきことがあるだろう?それに、キミのお
仲間も、キミと一緒に居たいはずだと思ってね。」

 ヴィスコムはクリフの方をポンと紳士叩きをする。それから、クリフは
何も言えずにただその紙を見つめていた。

「おっと、私はそろそろ失礼するよ。公爵殿とお茶会の約束があるので
ね。」

 そして、ヴィスコムは紳士らしく席を立ち、クリフの分も含めた酒代を
カウンターの上に置き、店を出ようとする。

“いい仲間を持ったな、クリフ君”

 ヴィスコムはそっとクリフにそう紳士らしく囁いて、この紳士風な店を
紳士的に後にした。カウンターに残されたクリフの頭には、ずっとヴィス
コムの紳士な声が残っていた。
 紳士の去ったこの酒場に、虚しくジャズが響き渡る。

 バーテンがタイムカードを押すと同時に、クリフの紳士度が10ポイン
トアップしてしまった。







紳士のようにつづく




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紳士が書けて嬉しいな。次はみんなサイドです。
提督が向かう先はやはり……あの館?