第三話 暗流




 あの日から一ヶ月の月日が流れようとしていた。
一人の友人であり仲間であった人間の死。
そして、マリアの精神が壊れ始めた日。

 季節は夏を迎えようとしている。

 夏と言っても現代の科学技術により、地球の気温は人々が
もっとも暮らしやすい常春の様な気温に設定されているが、それ
でも人々は「四季」というものを忘れないため、感じるためにこの
三ヶ月間だけはいつもより気温が少し高めに設定される。

 人々は常に変化を求めている。

 だけど、ここには変化を求めることを忘れた、いや、求めること
さえ出来なくなった人間がいた。

「少し熱くなってきたな。もう夏だね。」

 フェイトは持っていた荷物を床に置き、ベッドの側にある椅子に
腰を下ろし、ジャッキアップされたベッドからただ病室の窓の外を
見ているマリアに話しかけた。

「僕は小さいときからこの季節が好きなんだ。マリアもこの季節が
好きかい?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 やはり、彼女から返ってくる返事は沈黙だけ。
だけど、フェイトには返ってくる返事が沈黙だけと既にわかってい
た。それでも彼は何かを期待し彼女に話しかける。

「もうすぐ夏休みだね・・・僕はマリアと二人でどこか旅行でも行き
たいな。マリアはどう思うかい?・・・やっぱり君は旅行に行くなら
アイツと行きたいか・・・」

 フェイトはもう居なくなってしまった友人の顔を思い出し少し嫉妬
する。もともと、その友人にはその気は無かったと思うが、彼には
もうここに居るマリアに触れることも、接することも、愛することも出
来ない。また、彼と同じようにマリアにも彼に触れることも、接する
事も出来ない。ただ、彼と違うのは愛すること想うことが出来るかど
うか。

 そして、マリアはクリフを想うが故、今こうしている。

「もし、マリアの精神がもとに戻ったら僕を愛してくれるかな?それ
とも、君は変わらずアイツを想い続けるかい?・・・僕は、こんなにも
君を愛してるっていうのにさ・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・でも、君だ戻らなくても、僕はこうして君の側に居られるだけ
でいいんだけどね。それに現代の医学じゃ君の精神をもとにもどす
ことなんて無理だしさ。」

 どんなに医学が進歩しても自分の殻に閉じこもっている者の精神を
外に出してやることは出来ない。
 現在、精神だけは外に出してやれる所まで研究は進んではいるが、
無理矢理外へ出すことによっての脳への後遺症が残る為、昔も今も
変わらず、地道にゆっくり治していくしかない。

「もう、あの戦いが終わってから一年以上経つんだね・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 フェイトはマリアと一緒に居る時間、ただ一方的な会話をし、窓の外
を眺めている彼女を見つめているだけだった。
(君はその窓の外の何を見ているのかな。君に見えて僕に見えないも
のでもあるのかな?)

「それじゃ、また明日来るよ・・・」

 そして、フェイトはマリアの唇に自分自身の唇を重ね、ゆっくりと一方
的に舌を絡ませた。
 昔ならマリアは自分の唇をフェイトには許さなかっただろう。でも、今
はそれを拒否する術を知らない。
 フェイトにしか意味を成さない口付け、マリアはもう意味なんて欲しが
る事はない。
 自分が何をされているかさえわからないのだから・・・

 それがいつもの、病室の中に居るマリアへの一時的な別れの挨拶だ
った。


 次の日もまた、フェイトは学校が終わるといつもの様にマリアのいる
病院へと行こうとしていた。
 マリアの精神崩壊が進む中、フェイトの精神も少しづつ変わり始めて
いた。
 授業中はただボーッとしているだけ、友達に話しかけられてもうわの
そらということが日に日に多くなっていった。

 そして、授業が終わり、いつもの病院へ向かう道の途中、フェイトは
ある人物に声をかけられた。

「フェイト!」

「・・・・・・・・」

「フェイトったら!!!」

 フェイトはその声に気が付き後ろを振り返ると、そこには見慣れた
幼馴染のソフィアがいた。

「なんだ、ソフィアか・・・」

「なんだじゃないでしょ!最近のフェイトはなんだか変だよ!!」

 ソフィアはフェイトに対して強気なまなざしで言う。
しかし、フェイトから返ってくる返事は、

「・・・お前には関係ないことだろ・・・」

「関係なくないよ!私はフェイトが心配なんだから!!」

 ソフィアは更に強く言い返す。

「関係ないだろ・・・」

「でも・・・・」

「関係ないって言ってるだろ!!!」

 フェイトは声を大にして言った。周りに居た人はフェイトのほうをチラ
っと見ていった。そして、ソフィアはいままで見たことの無かった暗く怒
った幼馴染の顔に怯え、その場から動くことは出来なかった。


 フェイトは病院へ着くと、いつもの様に看護婦に軽く挨拶をし、いつも
と同じ病室へと向かった。
 そこには、マリアの他にグシャグシャになったマリアの髪をクシで優し
くといている金髪の女性の姿があった。
 その人もまた、マリアと同じ人を愛した人。

「あ、ミラージュさん。来てらしたんですか。」

「ええ。こんにちわ。」

 ミラージュはフェイトの方を見て小さく微笑む。
彼女は、クリフが死んだ後、マリアを心配し、連絡を取ろうとしたが、
通信が繋がらず、フェイトのところに連絡をよこし今の彼女の状態
を知った。
 今は、クリフの残した仕事を引き継いでいる。地球やその周辺の
星へ行くことがあると、仕事の合間を縫ってこうして彼女のもとへと
やってくる。

「やっぱり、アイツはもう居ないんですよね。」

「ええ。最期まであの人らしかったんですよ。”俺にはまだやらなきゃ
なんねーことがあるんだよ”って。」

 ミラージュは髪をとぐ手を止めず、少し表情に影を落としながら言っ
た。

「でも、ミラージュさんは強いんですね。」

 フェイトが何気なく口にしたその一言によってミラージュの今まで見る
ことが出来なかった一面を垣間見ることが出来た。

「私だって強くは無いのよ・・・あの人が逝ったときどれだけ涙を流した
か・・・でも、私はあの人の助手であって相棒だから、いつまでも泣いて
いるとあの人が怒りますので。」

 彼女のいつもの口調とは違う言葉をフェイトは聞き逃さなかった。
あの戦いのとき、確認できなかった、ミラージュの感情を表に出し
てモノを言っているところ。

「すいません。へんなこと言っちゃって。」

「気にしないでください。私も少し取り乱しちゃいまして。私はそろそろ
仕事にもどらなくてはいけませんので。」

 ミラージュはそう言うとマリアの髪をとく手を止め、くしをベッドの脇の
引き出しにしまい席を立つ。

「フェイトさん。」

「はい。」

「あなたは、マリアの側に居てください。この子には、この地球で頼れる
人はあまり居ませんから。」

 ミラージュはそう言ってこの病室を後にした。
出て行くときに見た彼女の目には涙が滲んでいる様に見えた。だけど
その後姿は力強く、このとき確かにクリフが認めた相棒であったという
ことを思い知った。
 フェイトはたった今ミラージュに整えてもらっていたマリアの髪をそっと
撫で囁いた。

「マリアの側に居てくださいか・・・
僕はずっと君の側にいるよ・・・・」

 この時まだ、フェイトはマリアの側に居られる時間に限りがあって、そし
て、その時間はあまり永くないということはまだ知らなかった。





つづく


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