ミウ






 気が付けば、今日もまたあの屋敷へと足を運ぶ自分が居る。
あの屋敷の、あの部屋には楽園がある。
 そのこ汚くて、臭い部屋の中に咲く一輪の…毒の花のような。
そんな毒の花のような彼女がその部屋に存在することにより、その部屋は楽園
へと変わる。




「邪魔をする。」

 アルベルはそう言って、彼的な楽園へと通じるドアをノックもせずに開け、
中へと入る。

「あら、こんにちわアルベルさん。」

 アルベルが部屋に入ってきてから30分後位に、クレアは机に落としていた
視線をアルベルの方へと向け、ペンを止め笑顔で言う。
 その花のような笑顔から撒きちらせられる毒が、アルベルの心に降りかかり
彼の心を病に侵していく。

「報告書でも書いていたのか、ご苦労だな。」

 机に向かって何かを書いていたクレアの様子を察して、アルベルは言ってみ
た。

「いえ、懸賞の応募はがきを書いていたのです。…でも、これがなかなか当た
らなくて……。」

 少し影を落としたクレアの表情がゆらめく。

「そうか……。」

 急に、アルベルは自分を憎く思えた。
”信じていればいつかは当選するさ”
そんな簡単な言葉も口に出せないほどの不器用すぎる自分を、憎く思った。

「でも、いつか当たるといいな〜。」

 まだ希望が輝くクレアの顔がアルベルに向けられる。
彼女が懸賞で何を当てようとしているのか、アルベルには気になった。
ウォルターに貰ったおとしだまの残りで買える物なら、プレゼントしてやろう
と思ったから。

「お前は一体、何を当てようとしているんだ?」

「そんなことどうでもいいです。気安く話しかけないで下さい。」






 10分後。
 部屋の中央に置かれた長いテーブルに、アルベルとクレアは向き合って座っ
ている。
 アルベルは、ステレオから流れてくるシーハーツ国歌のトランスミックスが
耳に障るのか、ボリュームを落とした。

「さっきはごめんなさい。ちょっと言ってみたかったんです。」

「いや、気にするな。」

 アルベルはティーカップの熱い青汁をすすりながら言う。不味い。

「元々そんなこと気にしてませんけどね。ところで今日は、どんな悩みの相談
なんですか?」

 クレアはアルベルに向けて、馬鹿な子供を見るような優しい表情で言う。

「いや、今日はそんなんじゃねえ……」

 アルベルはそう言った。それ以前”俺がいつお前に物事を相談した?”とい
う疑問は、どうでもよかった。

「そうですか。でも、死のうだなんて、もう考えないで下さいね。アルベルさ
んには、どんなイジメにも屈しない強さがあるんですから。」

 クレアはそう言って、ゴム手袋を何重にも重ねて手にはめて、アルベルの手
を優しく包み込むように、握った。
 その手が、アルベルの心を、桃色に染めていく。
アルベルの頭の中には、”それがイジメというものだ”という思考は、最初か
ら一片も存在していない。

「あ、青汁全部飲んでしまいましたね。今おかわりを用意しますから。ネル〜
ネル〜ネルネルネル〜〜〜!!」

 クレアはさっきまで装着していたゴム手袋をゴミ箱に捨て、ネルの名を呼び
まくる。しかし、返事は無く、その声が五月蝿くも虚しく響いた。

「返事しませんね……、仕方がないわ。」

 クレアは本当に仕方なさそうにそう言うと、テーブルの下からなにやら機械
を取り出し、スイッチを入れ、マイクに向けて言葉を発する。

『ご町内の皆様、クレア・ラーズバードです。現在、ネル・ゼルファーを探し
ています。当人がこの放送を聞いていたら、至急領主屋敷まで来い。繰り返し
ます………』

 クレアの声が、村中に設置されたスピーカーからけたたましく鳴り響く。
当然、今、村にいる全員の耳にやかましく届いたはずである。
そして、クレアは続ける…

『もし、3分以内に屋敷へこない場合はネルの秘密を暴露します。
例えば…、幼稚園のころボットン便所に頭から落下したことや、
立ち食いソバで完食してから財布を忘れたことに気づいて、250フォル分、
皿洗いをしていたことや、
コントを見ながら牛乳を飲んでいて突然鼻から牛乳を噴き出したことや、
道端に落ちていた酢こんぶを拾い食いをしていたことや、
古本屋で開店から閉店までずっと立ち読みをしていたことや、
修学旅行のときおねしょをして、”ただの破水だよ”と誤魔化して、さらに
みんなを混乱させたことや(以下30分続く)…などを暴露するわよ。』

 そして、クレアは放送のスイッチを切った。
笑いを必死でこらえるアルベルには”もう暴露したろ!”という言葉を口に
することは不可能だった。

 ちなみに、そのころアリアスの宿の一室では、赤い髪の女と金色の髪の男
が、真昼間から篭って、二人だけの世界で甘い時間を過ごしていたので、そ
の二人の耳にはこの放送は届いてはいなかった。






 3分後。

「来なかったわねネル。……仕方ないわ、ついでだからこれも放送しましょ
うか。」

 クレアは、一本のカセットテープを取り出した。

「おい、それは何だ?」

「これはですね……」

 クレアがアルベルにそのテープの内容を説明すると、テープをデッキに入
れて、再びクレアはマイクに向けて声を発する。

『ご町内の皆様、クレア・ラーズバードです。ただいまより、封魔師団「闇」
の部隊長であり、私の親友でもあるネル・ゼルファー(23)が、中学2年
のときに、体育の先生に想いを寄せていて、彼女がその想いを歌にして伝え
るために作った曲です。”初恋は酢こんぶの味〜あなたに胸きゅん〜”作詞、
作曲:ネル・ゼルファー。それでは、どうぞお聞きください…』

 そして、クレアは再生スイッチを押した。





ガチャ
『……う、歌います…2年2組ネル・ゼルファー………、あーあなたに〜−
出会えて〜−−わたーしはーー変わった〜〜〜ラララ〜−−あなたの声を聞
く〜たびーーーー胸が〜張り裂けーーーそーですーーー(セリフ)あなたの
そばにいられるのならもう、もうなにもいりません……。
きっと〜いつかーーーーあなたのために〜〜〜−−カレーライスをーーーー
つ〜くーりーた〜いーーーー♪………』





 アリアスの村のスピーカーから、おせじにも上手だとは決して言いたくは
ない、伴奏も無い当時14歳のネルの歌声が爆音で鳴り響いた。

 その放送を聴いていた、村人は失禁する者が出るほど、笑い狂った。
ネルの歌声が、戦争で心に傷を残した者達の心を、笑いに変えていった。
 ”酢こんぶなのにカレーライスかよ!”というツッコミをする者もいた。

 それからクレアとアルベルは、ネルの恥ずかしい秘密の話が日が暮れるま
で狂い咲いた。

 アルベルの中の『弱肉強食』という言葉が、彼を支配する。
弱者は強者の糧となる。
弱者(ネル)は強者(自分)の糧となり、強者(自分)はクレアとの距離を
縮める。これが彼の生き方だ。
 アルベルは、ちょっとだけネルに感謝した。




「ところで、ネルの秘密を本にして出版してみようと思うんですが。売り上
げはシーハーツとアーリグリフの国家予算として山分けにして。」

 クレアがそんな提案をする。

「いい考えだとは思うが、そう簡単にあの女が納得するとは思えないがな。」

「大丈夫ですよ。あの子はみんなの幸せのためなら自分さえ犠牲にする子で
すから。だから、これも彼女にとって本望のはずよ。」

「なるほどな。」

「でも、ネルをビックリさせるために二人でこっそりやりましょう。」

 そして二週間後、『隠密乙女の100の秘密vv』という本がエリクール全域
で出版された。この本は空前の大ヒットとなりかなりの売り上げに達した。
 それから、あの歌も音源化され、チャートの1位を2年間も守り続けること
になる。
 そして、アーリグリフとシーハーツの国家予算は上がり、両国の国民の生活
はちょっとだけ豊かになった。

 一人の女性の恥(犠牲)が、両国の国民みんなに、小さな幸せを与えた。

それと、この本を編集していた二人の男女の距離もほんのちょっとだけ縮まっ
ていった。

 本が発売されてから一週間ほど、ネルはトイレで泣いていた。







おしまい




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ちょっとあとがき
最近スランプ気味だったので、久々にギャグでも書けば治るかなと思って書いてみる。
どうだろ〜な〜…