桃色の雨・後編





  窓に展開された春の景色を目の前にしたアルベルが再び
言葉を紡ぐ。

「・・・さ・・・く・・・・・・そ・・と・・・・・み・・・たい・・・・」

 アルベルは「桜を外で見たい」とクレアに精一杯伝えようとする。

「ええ。それじゃ見に行きましょう。」

 クレアはそう言ってアルベルを背負う。

「・・・軽くなりましたね。」

 もともと線の細いアルベルの線が更に細くなり、クレアにも分かる
くらい体重は軽くなっていた。
 そして、外に出て20メートルも離れていない桜の木にアルベルを
もたれさせ、クレアもその横に腰を下ろす。
 緑豊かなシーハーツの大地に根付いた桜が春風にさらされて桃色
の雨を静かに降らせている。
 その雨はとても心地よく美しかった。

「風・・・気持ちいいですね。」

 クレアはそう言って桜の花びらを一つつまむ。

「・・・うー・・・あー・・・・・・」

 クレアの言葉に応えたいのか、何かを伝えようとしているのか、だけ
どそれを言葉に出来ないでいた。

「・・・来年は、この桜を・・・」

 そのままクレアは言葉を紡ごうとしたが、言うのが怖くて言葉にするこ
とが出来なかった。



______あなたと二人で見ることは出来ないのでしょう・・・



 そう思った瞬間、アルベルは突然咳払いを三回繰り返す。

「大丈夫ですか?」

 下を向いたアルベルの顔を戻すと、彼の口からは赤色が混じった唾液
が流れていた。



 その日から、更にアルベルの状態がますます悪化していった。
それに反応するようにクレアも咳払いを始めだしていた。
彼女は食料を調達する以外は外には出ず、料理を作るその手は自分で感
じることが出来るくらいの、震えが止まらないこともあった。

 アルベルの体から排出される体液という体液の全てに赤色が混濁して
いた。背中に現れていた斑点も背中の殆どを被い尽くし首にまでその斑
点が現れだしていた。

 毎日彼は、自分の「死」を本能的に察知しているのか、それに怯えるか
の様に泣いたり、壁に自ら頭を打ち付けたりしていた。それを、止めようと
するクレアに対して暴力を振るうこともある。そして、一通り暴れた後、彼は
必ず泣いた。
 それを、そっとクレアがなだめると、彼は落ち着きを取り戻してベッドに戻り
何も無かったように、静かに眠りにつく。















★ ☆ ☆ ☆ ★



 そして、二人で桜を見に外へ出た日から一週間が経ったある日。
この日、この春で一番心地よい日差しと風が吹いて、満開の桜が後は
その花びらを散らせるだけとい所まできていた。

 春の日差しを浴びながら、アルベルの看病に疲れたのか、クレアはベッド
に顔をうずめ小さな寝息をたてて眠っていた。

 クレアは自分の頭を誰かに撫でられている感触に目を覚ます。
目を開けるとそこには、天井に焦点を合わせたままのアルベルが腕を伸ばし
その力の無い手で撫でているのが分かった。

「・・・起きていたのですか。」

 その言葉に反応することなく彼はクレアの頭を撫で続けた。
そして、彼の口が僅かに動いた。

「・・・よわ・・・か・・・っ・・・た・・・すま・・・ね・・・」

 それは、彼の精神の奥に存在する、彼が「アルベル・ノックス」でいたときの
ほんの僅かに残った想いなのかもしれない。
 その言葉にクレアは彼の手を握り言う。

「あなたは・・・弱くなんてないわ。あなたが強いから私たちの世界がここに
あるんですもの。そして、私たちは生きてこれた・・・」

 クレアがアルベルにそう言うと、彼の顔が微笑したように見えた。
それは、クレアが肉眼で見た現実なのか、クレアの中の幻想なのかは誰にも
分からない。



 それから十五分ほど経った時、彼の体は突然痙攣を起こしだした。
そのあまりの痛みから、彼は精一杯声を張り上げる。
声を出して、声を出して、その声がかすれるまで叫んだ。
 彼の口からは唾液に混じった血液ではなく、透き通ることのない真っ赤
な血液を吐き出していた。

 クレアの前では目を背けたくなるような光景が展開され、その痛みを必死
で耐え抜くアルベルの手を握り締め「ごめんね」と彼の痛みさえ癒せない自
分の無力さを何度も謝罪する。

 声が潰れそうになる程の声で叫ぶ中、
何かを掴もうとして、彼は上へと手を伸ばす。

 それは彼が願った、たった一つの幸せを掴もうとしていたのかもしれない。

 すでに彼はその幸せの始まりの場所に立っていたということも知らない。



 いつからかアルベルが、今、自分の手を握っている女性を愛し始めたのか
分からない。気が付けば側に居て、昔から知っている様に感じた。
 自分でも分からないうちにその女性を愛して・・・
 二人で幸せになろうとして・・・
 それが三ヶ月前に千切れて・・・
 今、ここに存在する。



 そして、アルベルが手を下ろし叫ぶ声が止まった。

 静かに・・・何も無くなったように静かになった・・・


 クレアは彼の脈に手をあて、微動だにしないことを確認すると、そっとぶら下
がった彼の手を彼の胸へとあてる。

「・・・・・・おやすみなさい。」

 そっとクレアは呟いた。
そして、二度と動かなくなったアルベルの肌に一滴の涙が零れ落ちた。



「・・・もう少ししたら・・・私もそちらに行きますから・・・その時には・・・」


















____二人でまた、桜を見に行きましょう・・・




















 それから、数週間後、
 窓に映っていた桃色の雨がすっかりと止んだころ、
 この部屋からは誰も居なくなった・・・

 来年の春もこの部屋の大きな窓に桃色の雨が映るのだろう・・・
 二人の影さえ残さずに・・・






























_____ずっと俺の側に居ろ。

_____え?

_____二度と言わねぇからよく聞け。
        ずっと俺の側に居ろ。何があってもお前だけは守ってやるから。

_____・・・・・・・・・・・。

_____・・・・・・・どうした?

_____いえ、すごく嬉しくて。・・・こちらこそ、よろしくおねがいします。

_____・・・・・・・フン。それでいいんだよ。


(雪の降る夜に交わされた、もう誰も知ることの無い会話より)








おわり










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あとがき
あいかわらず暗い・・・暗いの好きなんですよ・・・(病気だよ)
というか、アルベル。あなた誰ですか?(笑)
人格崩壊するその動機についていつもどうしようか迷うのですが、プリンちゃんの場合
クリムゾン・ヘイトたると〜っても都合のいいものがあってたすかりましたわ。
アルクレといえばひなたぼっこでもしてるようなほのぼのなイメージなんですけどね・・・
なんでこうなるんでしょう。今回クレアさんいいひとでしたけど。
とりあえず二人ともヘヴンでお幸せに〜(それでいいんかい!)