背中を





 ゆっくりと瞼を上げる。
 見た事のない天井が朧げに視界に映る。
 聴覚には何も聞こえない。
 知らない無機質な空間。
 ネルは不安を覚える。




「よう。やっと目が覚めたか。」

 突然の声に少し身を構える。
だけど、その声の主が誰であるかすぐに分かると、
さっきまでの不安が、霧の様に晴れ、とても安心できた。

「・・・クリフ。」

 上半身を起こしたネルはクリフの方を見る。
クリフはベッドの脇にある椅子に腰を掛け、ネルのほうを見ていた。

「そう身構えるなって。お前は病み上がりなんだからもう少し大人しくしていろ。」

 クリフに言われてネルは体を柔らかくする。
そして、さっきまでの出来事を回想する。

「・・・たしか、あのとき私は・・・」

「ああ。あのとき、お前はバンデーンの奴らの転送妨害装置を破壊して、それで
奴らに撃たれた。」

 ネルは撃たれたと思う場所を見てみるが、傷も傷跡も無くなっていた。

「しかし・・・お前も無茶するよな。」

「・・・すまないね。」

「いや、お前があのときいなけりゃ・・・今頃どうなってたことやら。あんまし想像
したくねぇけどよ。・・・ありがとうな。」

 苦笑いのような笑みを浮けべて、クリフはネルから視線を外す。
あのとき、彼女が現れるなんて思ってもみなかった。
ネルが口を開く。

「・・・あんた達が、元の世界に帰るって言ったとき、二度と会えないって思ったよ。
・・・あれからずっと、あんたの事を考えていた。」

「ネル・・・」

 別れを告げたあの瞬間から、ネルの時間は止まっていた。
無言で手を振り、背を向けるクリフの後姿が目に焼きついて離れなかった。
それが、自分が見る最後になる姿だろうと思っていた。

「あんたに、また会えて、」

 ネルが続きを言おうとすると、クリフが椅子から離れベッドまで歩み寄り、彼女の
細い上半身をその太く引き締まった腕で、強く、優しく包み込んだ。

「俺も・・・お前らの世界から、こっちへ帰ってきたときからずっと、頭をよぎるのは
お前のことばかりだった。」

 クリフもまたあのときから、目にずっとネルの姿を焼き付けてきた。
未開惑星保護条約を気にしていた訳ではないが、自分にも自分の生きる世界が
あり、彼女にも彼女の生きる世界がある。そう思っていたから、自分の感情を殺
して、二度と会わないと決めていた。
忘れようとしていた。
 ゆっくりとネルは瞳を閉じた。


 唇が重なる感触を覚える。


 熱と愛しさが、互いの唇から唇へと移動する。
ネルはクリフの背に片方の腕をまわし、もう片方の手でクリフの腕に触れ、瞼が
熱くなるのを感じる。

 本来、出会うことなんて決して無いはずの二人。
別々の星で生まれ、別々の生活を送り、ほんの数日前までは互いの存在すら知
らなかった。
偶然と偶然が重なり、偶然出会えた。

 クリフが別の世界の人間だと知ったときから、ネルは自分の気持ちに気づいた。
だけど、それと同時に彼が元の世界に帰ろうとしていることも知り、必死になって
自分の気持ちを殺そうとしてきた。
 殺せなかった。
 どころか、その想いは膨れ上がるばかり・・・
彼が元の世界に帰れば、彼を忘れなくてはならないのに。

 二度と会えなくなるから・・・

 だけど、今はこうして体も心も触れ合えることが出来る。







 クリフが、ネルから唇と腕を離し言う。

「後で、お前を元の世界に送ってやるからな。まぁ、こっちの事情が片付けば、また
お前の世界に行くからよ。」

 その言葉に何故か、返事は出来なかった。

「それじゃ、俺はアイツらの様子を見てくるわ。しばらくは大人しくしてろよ。」

 クリフはそう言ってネルに背を向け、部屋の外へと出て行く。
自分から遠ざかっていくクリフの後姿を見ていたネルは、さっき返事をすることが
出来なかった訳に気付いた。

 クリフ達のだいたいの事情は分かっっていた。
もしかすると、彼らは命を落とすかもしれないという事も。

 だから、決心をした。
初めて、自分の力を国以外の為に使いたいと思った。
この力が彼らの役に立てるなら。

 そして、

 二度と彼と離れたくないから。

 側に居ることが出来るのなら。

 彼の住む世界を見て、彼と同じ場所に立ちたいから。

 二度と、彼の背中を見たくなかった。










おわり




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クリネル同盟様に献上させていただきました。