冷たい太陽 [蛍火]




 夕食を終えた二人は約束通り外へ出る。
今夜の風は雨がよく降る季節だということもあり生暖かかったが
特に不快に感じることもなく心地よいくらいだった。
 ふらつくクレアをネルがいつもの様に肩を貸しながら歩く。向かう
場所は特に話し合って決めたわけではないが、昔、二人でよく遊ん
だ「秘密の場所」へ向かっているのだった。
 そこは、木々が生い茂り、あまり人には知られていない場所だった。

「ねえ、秘密の場所へ行こうとしてるの?」

 クレアが言った。

「ああ、なんとなくね。ここからは近い場所だったしさ。」

 それ以降、二人の会話は無かったが特に重たい空気になることも無
く、歩み続けて十分程でその場所に着いた。
 そして、ちょうど二人が座れるような石を発見してそこへ腰を下ろす。
 静かな夜の闇と、近くから聞こえる川のせせらぎがとても心地よかった。

「懐かしいわね・・・もう、十年以上この場所には来ていなかったわよね。」

「そうだね・・・もう十年以上にもなるのか・・・」

 クレアの体を現実に残したまま、精神だけが過去へと誘われる。

「よく貴女と二人でここへ来て一緒に遊んでたわね・・・紙風船や・・・
かくれんぼに・・・鬼ごっこ・・・」

 クレアは目を閉じまだ自分たちが幼いころの追憶を辿る。過去があるか
ら今の自分たちがある。

「うん。あの頃は楽しかったね。私達がまだ小さい時。」

 ネルもまた時間を過去へと戻す。小さかったころの、そして、二度と戻れ
ない過去へ・・・








 それから何十分たったころだろうか、

「ねえ、ネル・・・見て?」

「ん?」

 クレアが過去から現実へと時間を戻し、指差した先には小さくも強く、
淡い緑色の光を放つ蛍が五、六匹ほど宙を舞っている。

「・・・蛍?」

「そうよ・・・綺麗ね・・・」

 その光は強く輝いてはいるが、いまにも消えて無くなりそうなくらいの
儚い光だった。まるで、二人の未来の様に・・・
 やがて、その光が十を超える程の数が確認されるようになった頃、

「ねえ、蛍といえば・・・」

「・・・ああ。覚えてるよ。あのことだろ?」

 そして、二人は再び過去へと戻る・・・









            ☆ ★ ★ ★ ☆


 まだ二人が六歳くらいのころ、
いつもの様に二人がかくれんぼをして遊んでいた時のことだった。
 あの日、クレアが隠れる側で、ネルが鬼の役だった。
だけど、その日はクレアが見つからず、クレアもネルが自分を見つけて
くれず、先に帰ったんじゃないかと思いまだ自分を探しているネルを置い
て帰ってしまったのだった。

 しかし、ネルはクレアがまだ何処かに隠れているんじゃないかと思い日が
沈んで辺りが暗くなってからも探し続けていた。
 その時、ネルの周りに無数の蛍が飛び交っているのを見つけ、あまりの
美しさに見入ってしまったのだった。

 何時間後かに、ネルの親から娘が帰ってこないと連絡がいったのか、
クレアと彼女の親と自分の親が迎えに来てくれたのだった。
 その日は二人とも親に叱られた。

 次の日、ネルがクレアに蛍を見たことを話すと「わたしもみたい」とクレア
がしつこく言うので、その日の夜もまた、今度は二人で蛍を見に行ってしま
った。
 やはり、その日の夜もまた二人とも親に怒られてしまったのだった。

 それ以来、この場所には昼も夜も来なくなってしまったのだった・・・











「あのときはごめんね・・・」

 クレアが隣に座っているネルに言う。

「気にしなくてもいいんだよ・・・それにしても、この蛍もあの頃と何も変わら
ないままだね・・・」

 クレアから視線を宙を飛び交う蛍に移しネルも言う。

「そうね・・・変わったのは・・・ねぇ、ネル。あの人のことやっぱり好き?」

 そうクレアはネルに問う。
あの人というのはクリフのことを指すのだろう。

「ああ。そうだよ・・・でも、あんたのことも好きだよ。」

 ネルは答えた。だけど、クレアが自分のことを想っていることを知っている
ため、傷つかないようにと自分なりの優しさでそう付け加える。

「そう・・・お願いがあるの。」

「なんだい?」

 ネルは優しくクレアを見て聞く。

「もう一度だけ・・・私を抱いて・・・ただ、隣で一緒に眠ってくれるだけでいいの。
・・・これで、最後でいいから・・・」

 クレアは寂しそうに言った。

「クレア・・・」


 その事にネルも同意して、あの部屋へと帰る。
今夜は、いつもの様な狂った行為はせず、優しい口付けを一度だけ交わした
あと、昔話の続きをしながら眠りについた。

 この夜から、ネルはまた以前のように親友同士に戻れると思っていた。
クレアの「これが最後」という言葉を信じて。



 そして文字どうり「最後」になった・・・





 翌朝、ネルが目を覚ますと隣で眠っていたはずのクレアの姿が無かった。
そして、ゆっくり上半身を起こすと、歪んだ視界の中にベッドのすぐ側にある
椅子に座り白装束を纏ったクレアの姿が入ってきた。

「・・・クレア?」

 とても悪い予感がした。
ゆっくりとクレアが立ち上がり、ふらつく足でベッドまで歩み寄ると、どさっと
ベッドに腰を下ろす。
 そして、彼女が自ら愛用していた短刀を取り出す。

「クレア!何をす・・・」

 ネルが続けて喋ろうとするが、口が動かなかった。口だけでなく足も手も。
それは、クレアの術によるものだった。

 そして、クレアは短刀をネルの両手に握らせる。

「・・・いつでも愛してるわ。」

 クレアが小さくそう囁いて、そっと最後の口付けをする。
その瞬間後・・・



クレアは短刀を持つネルの両手を握って自らの胸に突き刺した・・・

大量のクレアの血液が白いシーツを真っ赤に染めあげる・・・

やがて、その体がネルの方へと沈んでいった・・・



☆ ★ ★ ★ ☆


ねえ・・・ネル・・・
貴女があの人を愛して、私を友人としてしか見ていないことがわかってた・・・

貴女が私のものにならないことも・・・

だから、こうすれば貴女を一生縛れることが出来る・・・

私は貴女を愛せなくなるけど・・・

貴女の胸の中には常に私で満たしてくれるわよね・・・

愛してる・・・

さよなら


★ ☆ ☆ ☆ ★



 親友が目の前で血を流し死んでいった光景と、
自分の手で握った短刀がその胸を突き刺して命を奪った感触を
ネルは自分の目と手に焼き付け、何も考えれず、そのまま動くことも出来ず、
意識を失った。

 そのままの光景を彼女達の部下によって発見されたのが二日後だった。
そして、ネルが意識を取り戻したのもその日。

 だけど・・・彼女の精神はすでにネル・ゼルファーではなかった。





つづく










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